大人になれば - 小説
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小説 更新日:2010.05.06

『船に乗れ!』
藤谷治(ジャイブ)
『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』の藤谷治が書いた
『船に乗れ!』(ジャイブ)がいい。
高校生チェリストが主人公の珠玉の青春音楽小説です。
音楽を愛すること、人を愛すること、人生を生きること。
誰にもあることが深々と描かれている。
悲しく、美しい。
高校から趣味で音楽を続けている友人にすすめたところ、
「おすすめされた『船に乗れ!』を一気読み。
苦いし、痛いし、ぎゅーんと胸のあたりが縮むようだけれど、
だけれど、救われる。
こうやって、二度と楽器は触らない、という決意をする人はいっぱいいると思うけど、
歳をとってからもう一度手に取ることができる人ってどれくらいいるんだろう」
という感想が届いた。
『船に乗れ!』 の読後評で、「楽器を手放す・また手に取る」ということに触れている点が
楽器をやっていた人ならではだなぁと思っておもしろかった。
ぼくは悲しいかな楽器の経験がない人間なのだけど、
伊丹十三が『ヨーロッパ退屈日記』でとても励みになることを書いています。
中学生のぼくは「このように生きたい!」と強く思いました。
ちょっと長いけれど引用します。
「ヴァイオリンというのは実に不愉快な楽器である。
弾いていて愉しいということはほとんどありえない。
ヴァイオリンを弾くということは、不正確な音程、穢い音、不正確なテンポ、
即ち不快感との絶え間のない戦いである。
この不快感は、技術が進歩して、耳が敏感になってくると一層増大するからしまつが悪いのである。
でも、わたくしは声を大にしていおう。
楽器というものは愉しいものである、と。
そうして楽器というものは三、四歳の頃から習い始めなければならない、というのは最も悪質なデマである、と。
職業演奏家を志すのならいざ知らず、自分で愉しむ程度のことなら何歳になってからでも遅くはないのだ。
それからまた、わたくしは、楽譜が読めないから楽器が習えないと信じている人にもいいたい。
一体三つや四つで楽器を始める子供たちに、あらかじめ楽譜を読む能力がそなわっているものだろうか。
楽譜の読める読めないなぞ何の障害にはなりはしないのだ。
二、三カ月もすれば指が勝手に楽譜を読むようになってくれるものなのです。
深く楽器を愛する心と、そうした根気を持った人なら何の躊躇うことがあろうか。
思うに楽器とはその人の終生の友である。
決して裏切ることのない友である。
わたくしは心の底からそのように感じるのであります」
ぼくは、学校でこんなふうに習わなかった。
だれも教えてくれなかった。
でも、ぼくはこんな風に生きたいのです。
「でも、わたくしは声を大にしていおう。
楽器というものは愉しいものである、と」
はい。
音楽は楽しいです。
楽器も愛するようになりたいです。
終生の友と出会いたいです。
小説 更新日:2010.03.16

『回転木馬のデッド・ヒート』
村上春樹/講談社
十年振りくらいに村上春樹『回転木馬のデッド・ヒート』を再読中。
面白い。
この短編集の中に「35歳の誕生日を迎えて人生の半分が終わった」と
描いている一編があって(プールサイド)、
大学時代は他人ごととして読んでいたのになぁと感嘆した次第。
僕はこの本の序文が大好きです。
小説 更新日:2009.12.21

白州正子『日本のたくみ』新潮文庫
長野はやっと本格的に雪が降りました。
見慣れた世界を真っ白に塗り替えていく雪景色のなか、
久しぶりに満足しながら本を読みました。
白州正子『日本のたくみ』新潮文庫
白州正子が日本中の職人を紹介した一冊。
ただの紹介本にとどまることなく、
読み手を凛とした気分にさせるのは、
人を語ることでつまり自分を語ることになっているからでしょう。
白州正子の背筋の伸びた文を読んで、
しばらく会っていない名古屋の女友だちを思い出したのでした。
きっと元気でやっているんだろうな。
小説 更新日:2008.11.07

『夜の蝉』
東京創元社■北村 薫
それにしても本格物と落語は相性がいい。
ホームズ役として登場する噺家の春桜亭円紫と、
ワトソン役の女子大生。
この2人が解決するのは殺人事件などではなく、
日常で起こる不可解な謎。
「なぜ本屋の本がいくつも逆さになっているのか? 」
「なぜチェスの駒が冷蔵庫に隠されたのか? 」
どの謎においても必ず落語のネタが土台になった上で、
人間の闇や情愛が鍵として描かれているので、
読後感がしみじみと味わい深いです。
さて、「八万三千八三六九三三四七一八ニ四五十三ニ四六百四億四六」が読めますか?
こんな数字ばかりですが、短歌です。
真ん中の一八ニは「ひとつやに(一つ家に)」と読むのがヒント。
答えはこの本の150ページ。
日本文化って本当に面白いと唸ってしまいます。
小説 更新日:2008.11.05

『六の宮の姫君』
東京創元社■北村 薫
主人公である大学生の「私」が、
探偵役である噺家・春桜亭円紫と
日常の謎を解き明かす人気シリーズ。
人が死なない推理小説として有名でもあります。
今回の謎は、芥川龍之介はなぜ、
短編 『六の宮の姫君』を書かずにいられなかったのか?
「あれは玉突きだね。...いや、というよりはキャッチボールだ」という
芥川のセリフを発端に始まる主人公の文学的探索は、まさに思索と発見の繰り返し。
盟友・菊池寛との関係や『今昔物語』、『沙石集』との結びつきなど、
ひとつの短編の背景には思いもよらなかった世界が広がっていました。
本編中、「何ごとかを追求するのは、人である証に違いない」とありますが、正に。
面白いのはもとより、本を読むことが何より好きな僕にとって
「本という海」の深さに目が眩む思いがした1冊です。
この秋、何を読もうかな...と思っている人、
そしてちょっと文学好きな人はぜひぜひおすすめです。
読後、目の前の世界が少しだけ美しく見えますから。
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