新しく参与すべき価値を提供しなければ、新たなニーズを作ることはできない。

2016.07.01

生活者になんらかの情報を届けるとき「購入」や「問い合わせ」「訪問」「ファン化」など、人々の態度変容を導くことがゴールであると私たちは思い描きがちだが、同時に、その情報がもたらすベネフィット(価値)に生活者をコミットさせているということを当たり前ではあるが私たちは改めて理解すべきだろう。例えば、タイプ別に情報発信をするということは、そのタイプにいる人に情報を提供することで、そのタイプでありつづけることを求める。

そういった意味でインターネット以前のマス媒体がイメージするM1とかF1といったざっくりとしたターゲットイメージは正しく、ターゲットに対しての情報提供は、あるべき姿の再生産という意味を持っている。さらに、あるべき姿の再生産は、人々に「安心」をもたらしてきたことは確かだ。人は価値基準を手にし、そこに自らを同一化することで、さらに強固な価値を創りあげる。

しかし、現在は社会が成熟し、個のあり方が見直されるなかで、均質化した価値観に生きづらさを感じ始めている人は多い。インターネットはこれを後押しし、そうではないあり方を選ぶ人も増え始めている。

こういった状況の中、情報提供は生活者のあり方を具体的にイメージし、より繊細で細かな分類を行うという方法で情報提供を行っている。個の時代であるからこそ、そのやり方は正しいのだろう。でも、自分たちがやるべきことはこれまで正しいと思われてきた価値の文脈を引き継ぎながら、納得のなかで新しいあり方を選びとってもらうことだと考える。新しく参与すべき価値を提供しなければ、新たなニーズを作ることはできないのだ。

語弊があるかもしれないが、「より良い社会」は誰しも言葉の上では望んでいるが、これを選びとることは「面倒くさい」という側面があることを明確に意識しながら、情報提供のあり方を考えていくべきではないだろうか。