開発マトリョーシカ

「知ってもらいたい わかってもらいたい」がうまくいかない理由

こんにちは。元気ハツラツ マトリョーシカです。

とても大きな問題とか、誰もやったことのない新しいこととか、たくさんの人に「知ってもらいたい」と思ったことはありますか? そんなとき、どうしますか? 多くの人は、どうやって情報発信するか考えると思います。FacebookやTwitterなどのSNSやブログなど、ひとまずウェブでの情報発信を考えるでしょう。でも、それ、効果ありましたか? きっとほとんど効果がなかったと思いますが、どうして効果なかったか考えたことはありますか?

世の中には「知ってもらいたい」と思っている人がたくさんいます。少子高齢化のこと、貧困格差のこと、いじめのこと、情報格差のこと、介護のこと、家庭内暴力のこと、LGBTのこと、ブラック企業のこと、待機児童のこと、移民のこと......。世の中はたくさんの「知ってもらいたい」にあふれているのに、それらを押しのけて私の「知ってもらいたい」を優先しなければならない理由とは何でしょうか。押しのけなくてもいいからちょっとでも知ってもらえたら......、って思うかもしれませんが、それは無理です。そんな消極的な情報が誰かの手元に届くことはあり得ません。

知ってもらいたいから情報発信する。そこに無理があるんです。

「知ってもらいたい」による情報発信は、一方的です。どんなユーザーに届けたいか考えましたか? この情報によってユーザーがどのように得するか考えましたか?
多くの人は言います。「どんなユーザーに届けるかじゃない。すべての人に知ってもらうことが重要なんだ。」「そこに損得なんかない。知ってもらうことが重要なんだ。」
でも、考えてみてください。あなたは、「知ってもらいたい」といってやってきたすべての情報をキャッチしていますか? 「知ってもらいたい」といって招待されたセミナーはすべて参加していますか? そんなことないですよね。
みんな、何が自分にとって必要で、何が自分にとって必要じゃないか、選んでいます。そんな人に対していくら「知ってもらいたい」と言っても、その人に選ぶ理由がなければ選ばれることはありません。

では、どうするか。

あなたの「知ってもらいたい」が選ばれる理由を作るんです。

いろんな問題を「知ってもらいたい」という思いで毎年開催しているイベントがあります。その中には、いろんな企画があります。
聴覚障害者である綿貫さんは、もっと聴覚障害者のことを「知ってもらいたい」と思って、このイベントで「しゅわしゅわタウンにようこそ」という企画を実施しました。綿貫さんが企画のプレゼンをしている動画を貼り付けます。

「しゅわしゅわタウン」という街には、聞こえない人しかしません。そこに入っていったとき、どうするか。そんなことを体感してもらうような企画になっています。
ここにあるのは、一方的な「知ってもらいたい」ではありません。どんなふうに関わってもらって、どんなことを持ち帰ってもらうか。ユーザー視点で考えられています。(どんな人に、という視点が足りていないので、そこが改善されるともっといいと思います。)
重要なのは、それがただの「知ってもらいたい」ではなく、そこに魅力があるということです。その魅力の中心には綿貫さんのアイデアがあって、この企画によって少なからず綿貫ファンができたと思っています。またこの企画が実施されたとしたら、「これ、面白いんだよ」って勧めてくれる人(アンバサダー)が現れることでしょう。

「知ってもらいたい」というのは単純な情報発信になりやすいのですが、それだとまったく効果がないということを理解しておいたほうがいいです。「情報発信」という言葉は、発信する側の一方的な視点が強くなりやすいので、ユーザー目線の記事(コンテンツ)を作るという言葉に置き換えたほうがいいです。
どんな人に、どんな方法で、どんなメリットを設定して、どうやってファンになってもらうか、ということまで考えて運営していくことで、ようやく選ばれる理由が生まれます。