信濃毎日新聞 福澤昌史氏 講演レポート:地方新聞社のデジタル戦略
目次
2025年9月30日(火)に開催されたJBNセミナー「選ばれる企業は、何を語り、どう届けているのか? ― 社会のニーズに応え、プレゼンスを築く情報戦略 ―」の第4部にて、信濃毎日新聞株式会社 メディア局ニュースメディア戦略部 次長の福澤昌史氏にご登壇いただきました。続く第5部では、福澤氏とJBNの坂田専務のクロストークが行われました。
新聞業界が直面している「発行部数の減少」「若年層の新聞離れ」といった課題を背景に、「情報が届かないことは存在しないのと同じ」という考えのもと、同社が取り組むデジタル戦略・組織変革の取り組みについてお話しいただきました。本レポートでその講演内容をお伝えします。
福澤昌史氏 講演:デジタル戦略における「届け方」の工夫と社会との関係構築 ― HubSpotの運用事例をもとに
新聞業界の危機とデジタルシフト
新聞業界は過去25年間で発行部数が約半分に減少しており、構造的な危機に直面しています。特に若年層の新聞離れは顕著で、20代・30代の購読率は3割を下回り、20代に至っては20%を切る状況です。
こうした中、信濃毎日新聞は紙媒体だけで読者に情報を届けることが難しいと判断し、2021年12月にサブスクリプションサービス「信濃毎日新聞デジタル」を本格的に開始しました。
デジタルでの新たな読者接点を着実に拡大し、有料会員数は6,500人を突破。サービス開始当初は月間訪問者数が200万〜300万人に達していたものの、その後はアクセス数・有料会員数の伸びが緩やかになるという課題に直面しました。
良い記事を書けば読まれるという「新聞脳」からの脱却
従来の新聞の届け方と変化する環境
従来の新聞社では記事は印刷されれば販売店を通じて確実に購読者に届き、新聞社の業務は「発行まで」でした。しかし、デジタルの世界ではニュースや情報が無数にあふれるため、ただ発信しただけではせっかくの記事も埋もれてしまい読者に届かないという課題が生じました。
一方通行の情報発信からの転換
初期に試みた週1回のメルマガ配信やポップアップによる記事紹介は、読者の関心や温度感を考慮しない一方通行なアプローチで、読者との関係構築にはつながりませんでした。
このことから、従来の「良い記事を書けば読まれる」という旧来の考え方、いわゆる “新聞脳” からの脱却が求められました。そこで同社は、一方的に情報を「送る」姿勢から、読者を理解し、適切に「届ける」ことへの発想転換を図りました。
「読者理解」と「届く構造」をつくる3つの取り組み
① 読者の行動を「可視化」し、解像度を上げる
従来は記事の評価や運営指標の中心は訪問者数や閲覧数でした。しかしこれだけでは、「誰が何に興味を持っているのか」を十分に把握することはできません。そこ以下の施策を実施しました。
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詳細なデータ収集
ユーザーアンケート、長野県内の市場調査、インタビュー調査、行動データ分析を実施 -
ペルソナ作成
調査の結果、「新聞を読む人=信毎デジタルのユーザーとは限らない」という気づきを得て、より解像度の高いペルソナを設計
② コミュニケーションの「自動化」
限られた人的リソースを補うため、システムによってメール配信を自動化しました。
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ジャンルメール
読者の興味(長野県経済、山、プロスポーツなど)に合わせた記事を自動選定・配信。メール登録のみで利用でき、将来的な会員化につながる導線にも。 -
デスクセレクト記事メール
編集デスクが選定した翌日掲載予定の記事などを当日の夕方に配信。毎日配信することで信毎デジタルへのアクセス習慣を醸成。
③ 評価指標を「エンゲージメントスコア」へ転換
記事の評価をPV(ページビュー)中心から、読者の具体的な行動を示す「エンゲージメントスコア」に変更しました。スコアは「デジタル会員の閲覧数」「ボタン押下数」「記事保存数」「お試し枠の消費数」など、ユーザーの行動データをもとに算出。これにより、「どんな記事が読者の行動を促すのか」を明確に把握できるようになりました。
HubSpot活用で “情報が届く構造” へ
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ペルソナ設定:読者を「個客」として捉える
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コンテンツ設計:データをもとに届ける内容を最適化
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チャネル戦略:最適なタイミング・手段で発信
これらの3つの取り組みにより、“情報が届く構造” が完成すると述べ、限られたリソースで運用するためにマーケティングプラットフォーム「HubSpot」を導入し、取り組みを推進していると話しました。
まとめ
福澤氏は事業を持続させるためには「質の高いコンテンツ」と「届く構造」の両立が不可欠であり、それこそが読者との信頼関係を築く基盤になると結論付けました。
情報は自動的に届くものではなく、企業が主体的に「届ける」ものへと意識を変えること。その地道な“届ける努力”の積み重ねこそが、これからの時代の事業継続につながると強調しました。
福澤 昌史 氏×JBN 坂田専務 クロストークのまとめ
クロストークでは信濃毎日新聞のデジタル戦略が直面した現実的な課題や組織内部の変革、さらに今後の新聞業界の展望について、より踏み込んだお話を伺うことができました。

デジタル戦略の転換:想定外のユーザー像の発見
クロストーク冒頭では信濃毎日新聞デジタルの初期目標と、調査によって明らかになった実態とのギャップが主題となりました。デジタル戦略の設計段階で想定していた読者像と、実際に利用していたユーザー層との違いが戦略転換のきっかけとなりました。
- 初期目標からのシフト:サービス開始当初、デジタル戦略において重要視されていたKPIの一つは、既存の新聞読者にデジタルユーザーになってもらうことでした。しかし、その後の調査を通じて、この戦略は大きく変化しました。
- 想定外のユーザー層:詳細な調査の結果、紙の購読層(50代以上男性が圧倒的)とは異なる、20代、30代の女性がデジタル単独会員の中に含まれていることが判明しました。
- 「紙面ビューアー」のニーズ:若年層は、紙の新聞ではなく、「紙面ビューアー」で新聞を読みたいという理由で会員登録をしている方も多いといいます。「新聞を読む=紙」ではなくなっているんだということを認識したといいます。
- 組織的な対応:既存のペルソナ(顧客像)だけでなく、社内では35歳以下の層に情報を「届ける」ための施策を考える「U35チーム」などが結成され、ターゲットを絞った取り組みを進めている状況が語られました。
記事評価指標の変化と編集部門との連携
記事の評価指標をPV(ページビュー)からエンゲージメントスコアに変更し、編集部門と共有することで得られた具体的な成果についてお話しいただきました。
- PV共有への初期抵抗: 当初、PVを編集部門と共有することは行っていませんでした。その理由として、PVが多い記事(例えば、動物園の赤ちゃん誕生といった)に記者の取材内容が流れ、報道機関として広く取材を行うべき使命が疎かになるのではないかという恐れがあったためです。
- エンゲージメントスコアの導入:PVはアクセス数を示すだけで「読まれているかどうかわからない」という課題がありました。そこで、読者が記事に対して起こした「行動」を数値化するエンゲージメントスコアを導入しました。
- 共有による対話の促進:指標が共有された後も、取材内容が偏ることはありませんでした。むしろ、デジタル編集部のデスク人たちが数字を見て、「この数字はどういう意味か」「この分析が何に繋がるか」といった建設的な会話ができるようになったことが大きな成果であると福澤氏は述べました。
販売店との協力体制:「地上戦」の推進
新聞ビジネスの構造を支える販売店との連携はデジタルシフトにおいて重要な要素となったといいます。
- 販売店の危機感と組織化:部数の減少という厳しい状況の中、販売店側も「デジタルを売らないと将来的な事業継続が厳しくなる」という危機感を持ち、自ら「デジタル販売数検討会」という勉強会を組織化しました。
- 新聞社の支援:新聞社は、販売店に出向いてデータの提供や、販売店の従業員に信毎デジタルの使い方をレクチャーするなど、支援を行っています。
- 「地上戦」の成果:デジタルでのPR活動を「空中戦」とするならば、販売店が持つ地域ネットワークを活かした個別訪問やイベントでの契約獲得活動は「地上戦」にあたり、この地上戦によって契約に至るケースも多いとのことです。販売店の地域での影響力の強さが再認識されました。
- 部門間の壁の解消:従来、「デジタルを進めると紙が減る」という懸念から販売局とデジタル部門の間には壁が存在しがちでしたが、各部門が対話を行い壁を少しずつ削っていったことで、協力体制を築きやすくなっていると語られました。
広告ビジネスの構造転換とデータ統合
デジタル化の波は読者向けの取り組みだけでなく、広告ビジネスにも大きな変革をもたらしています。デジタル記事を活用したマーケティング支援にも注力し、企業と連携して成果を生み出す体制を整えつつあります。
- 広告局からマーケティング局へ:同社は約2年前に「広告局」の名称を「マーケティング局」に変更しました。
紙面広告の販売にとどまらず、顧客企業のマーケティング活動全体を支援する体制へと役割を広げています。
その一環として、デジタルでの記事体広告(コンテンツ広告)の受注が増加しており、プロの記者が取材・執筆を担当しています。 - データを提示できる納得感:従来の紙広告では「何部載ったか」という数字しか示せず、解読率をかけて「このぐらいの人に届いたでしょう」という曖昧な出し方でしたが、デジタルでは記事へのアクセス数やコンバージョン数がデータとして明確に出るため、クライアントに納得感を提供できる点が強みとなっています。
- 顧客データ統合の構想:新聞社内の各部門が持つ顧客データ(イベント、組織会員など)は現在分断されていますが、これらをメールアドレスをキーとして一箇所に集約し、マーケティング施策に役立てる構想を進めています。HubSpotがその基盤として活用されています。
将来的な展望とサブスクリプションの課題
講演の最後では信毎デジタルの今後の展望と地方新聞社として直面するサブスクリプションモデルの課題についても語られました。地方紙ならではの強みを活かしながら、持続可能なビジネスモデルを模索しています。
- サブスクリプション料金の課題:信毎デジタルの単独会員料金(月額3,500円)は、Netflixといった他のコンテンツサービスと比較して高いという課題が認識されています。
- 地方紙アライアンスの可能性:サブスクリプションにかけられるユーザーの費用が限られている現状に対し、個人的な見解としつつも、「複数の地方紙がアライアンスを組み、サブスクリプションを一本化して共有できる仕組み」が必要になるのではないかという可能性を示しました。これは、ユーザーが「今週京都に行きたいから京都新聞の記事を見たい」といったニーズに対応するためにも重要であり、事業継続のための大きな解決策となり得ると述べられました。

ご参加いただいた皆さまの感想
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情報発信をする立場にあるので、「どうしたら届けたい人に届けられるのか」問いの立て方がとても参考になりました。信毎さんの内部事情のようなものも聞けて面白かったです。
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Hubspotでいろいろできることに気づきました。信毎デジタルさんは、長野県内でHubspotの利用が一番進んでいる企業ではないかと思います。自分たちも情報を届けるフェーズになった時は、今回の講演を参考にしていきたいと思います。
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試行錯誤されている現状を率直に語っていただき、とても参考になりました。
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福澤様がご自身で試行錯誤されてきた過程を詳しくシェアいただく中で、新聞業界の現状がリアルに伝わりました。メディアでのHubSpotの活用方法を具体的に知ることができ、大変勉強になりました。
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「その日に伝えたい記事を出す」という運用姿勢が印象的で、信毎さんの情報設計に意図が感じられました。具体的なWEBメディアの施策が紹介され、WEB運用において自社ならどこに重きを置くべきかを考える参考になりました。 ありがとうございました。
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新聞の普遍的な価値は「個人個人が見たいものを見るだけの狭い価値観の社会」を作ってしまうことが無いように、「直視するのが辛いこと」や「自分が関心を持つなんて思ってもいなかった新たなこと」にも接する機会を作ってくれることではないかと考えます。紙媒体が減り、デジタルはまさにユーザー側が取捨選択してしまう世界、その中で信毎さんがどう戦っていくのか、これからも注目したいと思います。
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